
新たな歴史の始まり。
自由の酒、クラフトサケ。
1772年、安永年間。わたしたち平井家と醸造の物語は6代目・平井六右衛門によって幕を開けました。御蔵宿として米の取引をしていた地域の農家を集め、冬の仕事として酒造業を本格化させたのです。時は流れ1921年、12代によって日詰平井邸が完成。招かれた主賓・原敬も平井家で造られた酒をたいそう楽しみ、盛岡のご実家へ満足して帰られた、と伝え聞いております。その後、間もなくして盛岡へ移転。昭和初頭からおよそ100年もの間、時を止めていたかつての造り蔵が遺されていました。新たな時代を歩む、クラフトサケ醸造所の復活によってその時は再び動き始めました。

クラフトサケとは?
クラフトサケブリュワリー協会が定義する「クラフトサケ」とは日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、お米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルのお酒。例えば、「どぶろく」もクラフトサケのひとつ。日本酒には、「搾る(お酒と酒粕を分ける)」工程がありますが、搾らずにそのまま飲むのがどぶろくです。そのほか、フルーツやハーブなどの副原料を入れることで、新しい味わいを実現したお酒もたくさん誕生しています。お米を原料としながら、日本酒のルールに縛られない、自由で多様なお酒です。

時を超え
よみがえる
ヒラロクのかもしごと
SAKE × 異種混醸 の
新ジャンル醸造酒
平六醸造のお酒は日本酒製造過程で副原料を添加し並行発酵させるクラフトサケです。米・米麹・水に対して発芽玄米を取り入れたベースレシピ Re:vive(リヴァイブ)、さらにフルーツ果汁を重ねた layer(レイヤー)をラインナップしています。異種の素材を掛け合わせることによる香味は幅広く、綿々と続く日本酒文化と酒造技術へのリスペクトを持ちながら、新たな醸造酒へ挑戦しています。
めざめた酵母と独自製法による
唯一無二の地酒
平六醸造のお酒造りと共にめざめた酵母・アカツキとその亜種たち。彼女らは紫波の特産であるもち米の発芽玄米を使用した独自酒母製法によって唯一無二の香味を奏でます。乳酸無添加生酛系の製法と発芽玄米由来の豊富な栄養供給により、奥深さがありながら鮮烈な香りとジューシーな酸味が特徴。目指すのは究極の地酒として、ここでしか醸し得ず、代えられない個性を持つ醸造酒です。
風と土の香りを
そのまま瓶詰め
醸す原料はすべて地元産のものを契約農家さまより調達しています。私たちが大切にしているお酒造りは、地域の営みから自然的に発生したものをなるべくそのまま発酵させお酒としてお楽しみいただくこと。そのため、原料米は品種指定せず、地域で大切に栽培されている飯米等も使用します。また、仕上がったお酒は濾過加水稲の調整はせず、搾ったままの無垢な味わいをお楽しみいただけます。

brewer/owner
ヒライ ユウキ
岩手県盛岡市、1991年10月12日生まれ。2014年明治大学商学部卒業直後、両親が営む菊の司酒造株式会社へ入社。東京で交流のあった全国の蔵元や地酒専門店からのフィードバックから、自社の日本酒としてのクオリティに大きな危機感を持ち、品質改善に取り組んだ。自身でプロデュースした限定流通ラインナップ「平井六右衛門」を2015年リリース。当初地元県内と一部の首都圏酒販店のみだったが、品質と取り組みに共感する支援者を徐々に獲得し、2021年までの6年間で全国約70軒へ拡がる。2022年インターナショナル・ワイン・チャレンジにて純米吟醸の部リージョナルトロフィーを受賞。しかし2021年3月、飛躍的な品質向上とは裏腹に経営の実情は厳しく、金融機関の勧めで株式会社公楽へ事業譲渡。2022年1月に同社を退職。以後、家族のルーツである創業地・紫波に移り、国指定重要文化財「日詰平井邸」の利活用に取り組む。併せて雫石町・砂壁純也に師事し酒米栽培に挑戦。2024年1月、日詰平井邸最奥に遺された造り蔵を100年の時を越えてクラフトサケ醸造所として復活。
醸造家としての場所も権利も失いました。その2年間の田んぼでの日々は、私の発酵哲学に大きな影響を与えました。南部杜氏から学んだ酒造技術を糧に磨いてきたかつての家業での8年間。彼らはみな酒造家であると同時に農業者でした。
かつての私は米は材料、麹菌や酵母をはじめとする微生物は制御し支配する酒造りだったように思います。しかし圃場では苗の成長も穂が出るタイミングも完全にコントロールすることはできません。稲の生命力を感じ取り、土の力、陽の恵み、夜の静けさ、水の流れを予測して世話をするしかない。圧倒的な自然の前での人間の無力さとは裏腹に、稲は美しくすら感じる生命力をもって逞しく、たわわに実りの秋を迎えるのです。
それを酒造りに置き換えると、米は微生物たち生命が根付く「土」のようであり、最適な温度、構造、水分、栄養を発酵(生長)に合わせて用意することがいかに大切かということが分かります。一見して同じ作業、同じ状貌だとしても、背景が違えばこんなにも感じ方がちがうものかと、当時教えられた蔵人たちの見ていた景色を少しだけ覗き見ることができたように思います。
平六醸造のお酒造りは懐古するものでも、闇雲に刷新するものでもありません。当たり前だと思っている風土の恵みを受け止め、発酵によって生命の営みを活き活きと引き出す。グラスの向こう側に感じ取っていただけたら幸いです。

location
農と醸しのまち、紫波
岩手県の玄関口・盛岡。そこから車で30分ほど南下した県央南部に東西に広がるまちが紫波です。縦に割って流れる一級河川北上川を中心に東山間部は果樹、中央から西側平野部には広大な圃場。農業を基幹産業とする3万3千人の小さな町だが、実は南部杜氏のふるさとであり、全国銘醸蔵の酒造職人も多く在住する。
県土を走る2本の山脈に囲まれた盆地は夏は北国とは思えない厳しい暑さ、日照等の条件も稲作には不利とされるものの、整備された治水と地底に敷かれた岩盤層によって旧来より優秀な穀倉地帯である。当家初代が1600年代に伊勢より移り住み興商した際も、八戸藩飛び地で収穫された米穀を舟運に乗せる御蔵宿(倉庫業)を生業としている。のちに1772年ころ酒造を創業するが、恵まれた田園地帯であることと豊富な水源が強みであったことは想像に難くない。
時を越え、平六醸造としてクラフトサケを醸す原材料はすべて紫波町産のものを使用している。主原料米、キーマテリアルである発芽玄米のもち米、各種果汁にいたるまで全て地元農家さまとの契約栽培によって調達しています。私たちのお酒造りは紫波の農と醸しの風土を映し、ひとりでも多くの人にそのすばらしさをお伝えすることを目標にしています。

vision
日本酒が醸す
もうひとつの未来を
私は250年続くかつての家業で日本酒を造っていました。今、培った技術と周囲の有難い縁によって原点である土地に還り、新たな醸造酒への挑戦をさせていただいています。
もし、私が後継ぎとして蔵を自身がつなぐことができたら、どのような未来が待っていたでしょうか。そのために、あの時どのような判断をすることが正解だったのか、どのように振舞えばよかったのか。そんなことを想像することも、実は珍しくありません。たくさんの後悔と失敗を経験してきました。
日本酒には造る面白さも飲む面白さも大変奥深いものがあります。既存の枠組みの外側で、小さくふたたび始めたこの醸造所は、日本酒が辿り着くかもしれなかったもうひとつの未来を醸します。米以外の農産物を使う日本酒、一人の醸造家が小さなタンクで造る日本酒、日本酒が生まれる場所に赤ちゃんからおばあちゃんまでが集う場所としての日詰平井邸。かくいう私自身も、朝の仕込みを終えた後は妻と一緒にチーズケーキを焼き、訪れたお客様にコーヒーを淹れています。日本酒と暮らしの境界線をちょっと淡くする。暮らしの風景の中にお酒が溶け込んでいる。そんな未来の姿は、かつて私が身を置いていた日本酒酒蔵の世界からはとても遠いようで実は背中合わせのパラレルワールドのようです。
平六醸造が紫波の地で醸すお酒が「新たな日本酒」として、まあこんなのも悪くないかも、とお楽しみいただけたら、きっと新たな日本酒の扉が開いていくでしょう。そのために私は、先祖が遺してくれたこの家、この酵母、そして紫波の恵みを醸して世界中どこにもない「おいしいお酒」を造りを続けます。
その先に目指すのは、既存のルールや概念の枠組みに囚われず、いわば「我空なり」の曖昧さを心地よく受け入れた果てしなく広がる新たな国酒の発展です。










